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20070921

何かがやりたくてたまらない

上手く自分の時間が作れない時こそ何かをやりたくなる。

何かとは?

実は何でも良いのだ。だが、その時その時によってその何かが変わるわけではない。
例えば文章を書く。あるいはゲームを造る。
または、本を読む等。

限られた時間だからこそ有効に使いたい、という事ではなく、ただ自身のエネルギーを発散、もしくは力の限り注ぎ込む事に時間を使いたい、と云うべきか。
なかなか表現が難しい。


だが、ここ最近で一番やりたいこと、できるようになりたい事はある。
以前にも記事にした事があるような気もするが、文章を読ませる力を伸ばしたい。
もちろん、WEBの文章と紙面の文章は違う。
あまり意識したことは無いかもしれないが、紙面の文章をそのままWEBに掲載するとひたすら読み辛くなる。
ちゃんとした事を調べた訳では無いので、細かくは説明しないが。

なぜそんな文章力を磨きたいのか。

それは簡単な理由で、こうやっていくつかのWEBサイトなりブログなりを所持し、またそれを見る人が居るからだ。
人に見せるからには、やはりそれなりの物を提供したいと思うし、当然そうあるべきだと思う。

しかし、勉強方法がいまいち良く分からないのが現状だ。

より沢山の文章を読めば自然と着いて行く物なのか?
一概にそうとはいえないが、多少はそういう面もあると思う。
といいつつ、人の書いた文章を読む時、どうこう考えて読んでいる訳ではなく、一読者として読んでしまっているのであまりおれには効果が無さそう。
わかっているなら直せば良いのだが、それが上手く行かないから困る。


話は飛ぶが、物を造るという事は、作者の精神状態にものすごく影響される。
心荒んで投げやりなときなどは、まったくいいものは造れない。
あるいはそういう作風もアリと云ってしまえるかもしれないが、少なくともおれには無理。
バイオハザードの笑えるテキストを書いていた時は、自身で凄く楽しんでいた。
ああいう精神状態を保てると、出来はどうあれ、気持ちよく制作作業に取り組める。

これは持論だが、結局は何をするにも自己満足という事だ。
文章を書いて公開するのも、人に読んでもらって感想を貰う。
その感想で自分が気持ちよくなりたいから書く。公開する。

文章を書く事自体に満足を得る人も居ると思う。
でも、書いているうち、もしくは完成してしまえば、それは人の目にどう映るかが知りたくなるのではないだろうか。

もちろん、全ての人がそうであるとは限らないだろうが、大多数は人の目に触れさせたいと思うに違いない。

褒められて嫌がる人はまず居ないだろうから。


ここで表題に戻る。
何かがやりたくてたまらない。

こうやって自分の考えをある程度文章に起こす事でも多少満足が得られている。
ただ純粋にゲームをやって楽しんだり、本を読んで楽しむのとはまた違う楽しみが、文章にはある。
書く悦び、とまでは行かないが。

ウェブサーフで時間を無為に削り使っていくのも良いが、たまには、自分自身の想いについて考えて見るもの良いもの。

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